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代表・コンサルタント・アドバイザー

代表

ジャック・K・坂崎

ジャック・坂崎は、日本のみならず世界において、企業のニーズに応じて、スポーツを通じマーケティングとスポンサーシップの機会を提供するリーディング・カンパニーでもあるジャパン・スポーツ・マーケティングの会長職を2008年に退きました。35年に亘り携わったスポーツマーケティングビジネス業界において、彼はパイオニア的存在と評されています。

1974年にスポーツマーケティング分野におけるキャリアをスタートさせ、1977年に自社を設立。2005年にプロフェッショナル・マネージメント㈱及びトータル・ワークアウト㈱と合併し、ジャパン・スポーツ・マーケティング㈱を設立しました。

この四半世紀においてFIFAワールドカップ・スペイン大会、IAAF世界陸上選手権、その後22年間継続されているトヨタ・カップや、NECデビス・カップの創設など数多くの素晴らしい世界的イベントに関わってきました。また近年では、アジアのスポーツ界の発展の重要性を説き、アジアのサッカー、バスケットボール、ゴルフのスポンサーシップ及びテレビ放映権の形作りに寄与しました。

さらに重要な市場である中国においては、2003年に中国プロ野球リーグを創設、またスケートや陸上のイベントにも関与しています。アメリカにおいては2006年から3年間に亘り、LPGAハワイアン・オープンを開催、運営しました。

坂崎は、カリフォルニア大学バークレー校出身で、企業と世界的なスポーツイベントを結びつけるマッチメーカーとして活躍してきました。


コンサルタント

ジョージ・ポーター
ジョージ・ポーターは40年に亘り、アパレル業界に携わってきました。そのキャリアはニューヨークのアロー・シャツ・カンパニーに始まり、その後1974年に転職し、23年間勤務したリーバイ・ストラス社では、いくつかの部門の責任者を務め、グローバルのソーシング部門の代表、さらにはUSAの代表にも就任、33億ドルのビジネスを達成しています。

また、GATTラウンド貿易交渉においてアメリカ大使及ぶ通商代表の公認政府顧問も務めるなど、80ヶ国を行き来したグローバルなキャリアを持ちます。
更には、1977年からNIKE USAの代表も務めました。
現在は、男性用ビッグサイズの衣料500店舗を擁するカジュアル・メール・リティル・グループの理事を務めています。また、ナパ・ヴィンヤードの原投資家でもあります。

メリー・アン・サイ
メリー・アン・サイは1989年にハーバード・ビジネス・スクールにてMBAを取得、同年ワイン業界を目指してカリフォルニアへ移り住みました。12年間をベリンジャー・ワイン・エステートでマーケティングの責任者として過ごし、そのセールスを1億ドルから4億ドル以上にまで押し上げました。また9千万ドルを超えるセールスを記録したファンダース・エステートを含むいくつかの新しいブランドを立ち上げるなど、在職中、サイは新商品開発の責任者を務め、またM&Aや戦略的計画にも携わりました。そして、2001年に社長としてルナに参画します。この8年間、ルナは国内外においてひとつのブランドとして確立され、ルナのワインの高級感は批評家の賞賛を獲得し続けています。ルナ・ピノ・グリジオは「新世界のベスト・ピノ・グリジオ」と言われ、ルナのメルロはワイン・スペクテーターの世界のベスト100に名前を連ねます。また最近では、マイク・ムーン氏と共にムーン・サイと名付けられた小さなカベルネ・ソーヴィニヨンのブランドも立ち上げました。ナパ・ヴァレーのボーイズ&ガールズクラブの理事、イナーシャ・ベヴァレージ・グループの取締役も務めます。また彼女自身のコミュニティで活躍するのみならず、数多くのNPO団体にもボランティアまたアドバイザーとして参加しています。


アドバイザー

アドバイザリー・ボード 代表

マイク・ムーン
マイク・ムーンは、大変洞察力のある人です。彼はただひたすら成功への道へ続く様々な領域を進んできました。
サンタモニカに産まれ、UCLAを経て、1973年にワイン・ビジネスの世界に入りました。10年間で、彼はベリンジャー・ヴィンヤードの舵取りを務め、在職中に1億5千万ドルのセールスを挙げ、シャトー・スーヴェランとメリディアンの買収を計画し、そして、1986年のプライベート・リザーブ・カベルネ・ソーヴィニヨンでワイン・スペクテーターからベリンジャーは世界一のお墨付きをもらいました。1990年、ムーンはベリンジャーの親会社であるネスレから、経営難のスタウファー・フードの立て直しを依頼されます。オハイオに移り、3年間で全商品の見直しを図り、利益の出る会社へと建て直し、そして冷凍食品市場において1、2位を競う会社としました。その後、ムーンは再びカリフォルニアへ戻り、会長職についたホームグロウン・ナチュラルズのセールスを4,500万ドルへと導いています。
またカリフォルニアへ戻ると同時に、投資グループ、シルヴァラード・パートナーズを設立し、後にルナの共同創始者となるジョージ・ヴァレとペアを組みました。シルヴァラード・パートナーズは、即座にベリンジャー・ワイン・エステートを ネスレから買収し、そしてベリンジャーの傘下にシャトー・セント・ジーン とスタッグスリープ・ワイナリーを加えました。シルヴァラード・パートナーズは、フォスターズ・ビールにベリンジャーが買収される2000年9月まで、ベリンジャーの所有権を維持していました。そしてシルヴァラード・パートナーズは、現在5000を超える北岸の地所を所有するシルヴァラード・プロパティーズに速やかに移行しています。
1995年、ルナを購入、ムーンにとっては採算に関係なく本当に好きでしている仕事です。ルナは、イタリア語でいう月(Moon)の意味で彼の名前を持つだけではなく、彼にとっては素晴らしさの証なのです。「私はワインに対してクレージーで、ルナに挑み続けています」とムーンは話します。「我々が可能な限り手造りでワインを造ることを約束したのは、素晴らしい航海のようなものです。」
マイクは現在ルナ・ヴィンヤードの会長を務めています。

パット・クレト
パット・クレトはレストラン経営者として、アメリカを代表する一人であり、またサンフランシスコでは最も有名な人物です。彼のレストランにはサンフランシスコのフォグ・シティ・ダイナー、ファラロン、ブルーバード、ジャーデイニア、またナパ・ヴァレーのマティーニ・ハウスなどがあります。35年に亘りレストランのデザインビジネスを手掛け、アメリカ国内で200近いレストランを創り出してきました。
またパットは、ナパ・ヴァレーの北部にあるクレト・エステートの創設者で、カルベネ、メルロ、シャルドネなどの素晴らしいワインも造っています。
2000年のミレニアム記念号のタイム誌では、革新者トップ100人の一人として賞賛されました。

ロバート・シュタインハウワー
ボブ・シュタインハウワーは、40年以上に亘り葡萄園のマネージメントに携わってきています。ボブは、太陽と、そして彼をワインメーカー達の親友にする土壌から真実を求める真の「葡萄栽培兼葡萄酒醸造業者」です。ベリンジャー・ヴィンヤードのヴィンヤード・オペレーション責任者を20年務め、現在は自身のコンサルティング会社を経営しています。
また、ナパ・ヴァレー・ヴィントナーズ協会元代表で、現在は、カリフォルニア・ワイン・インスティテュートの理事を務めます。

田辺由美
日本のワイン産地北海道十勝池田町生まれ。津田塾大学数学科卒。アメリカ・コーネル大学でWINE&SPIRITSのコース聴講。1986年に総合ワインコンサルタント会社ワイン アンド ワインカルチャー㈱を設立しました。1992年より「田辺由美のWINE School」主宰。著書も多く「田辺由美のワインブック」「田辺由美のワインノート」(共に飛鳥出版)、「カリフォルニアワイン」(柴田書店)、「アメリカ・ワインガイド」(オータパブリケイションズ)などがあります。JSA認定 シニア・ワインアドバイザー、シュバリエ・ド・タストヴァン(ブルゴーニュ)、ボンタン・ド・メドック・エ・グラーヴ(ボルドー)、ジェラールド・サンテミリオン(ボルドー)、オルドル・デ・コトー・ド・シャンパーニュ、シュバリエ・ド・フロマージュの称号を持ち、2009年フランス農事功労章シュヴァリエを叙位されました。www.wincle.com

磧本修二
熊本県出身。フランス料理の料理人として20代のうちに何度も渡仏するうちにワインと出会い、ソムリエに転向しました。帰国後、東京会館でギャルソン兼ソムリエとして修業をし、ホテルなどの勤務を経て、1976年に日本のワインレストランの草分け的存在「ミスター・スタンプス・ワインガーデン」に参画しました。現在は同店のオーナー・ソムリエを務めます。雑誌での連載や各種ワインスクールの講師、ワイン関連の講演、またワイン通販の監修など幅広く活躍中です。