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The 90 Plus Wine Club Jp

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第3回 プレミアム・セレクション

Chase Family Cellars  チェイス・ファミリー・セラーズ

設立年:1998 
オーナー:パム・シンプソン&ジェフ・ブラウム
ワインメーカー:ジェフ・ブラウム
解説: チェイス・ファミリー・セラーズのヴィンヤードは、サルファー・キャニオンの河口、沖積土状の緩やかな斜面に広がる、1世紀以上の時を超える葡萄畑、ヘイン・ヴィンヤードである。ナパ・ヴァレーの中心となるこの地に、1903年、モード・ヘインによって植栽された樹齢100年を超える葡萄の木が、よく剪定され、乾燥した土壌で、常にしっかりとした個性的なジンファンデルを作っている。1998年にモード・ヘインの直系子孫によってS.E.チェイス・ファミリー・セラーズは設立され、そのワイン醸造法はカリフォルニア州北部の原型となり、ナパ・ヴァレーの伝統を保ち続ける。チェイス・セラーズの小規模生産のワインは、その伝統的な葡萄栽培の技術、及び手作りによるワイン醸造に要する努力、そして独創的なビジョンをもち、賞賛されるべき、類まれなワインとなっている。

Chateau Montelena  シャトー・モンテレーナ

設立年:1882
オーナー:ジェームズ・バレット
ワインメーカー:ボー・バレット
解説: シャトー・モンテレーナの豊かな歴史は、1882年にアルフレッド・L・タブスが254エーカーの土地を購入し、10年で葡萄畑を作り、シャトー・モンテレーナと命名されたシャトーを建てたことから始まった。その後、1958年にフランク家に売り渡すまで、畑の葡萄を収穫・販売し続け、ワインを造っていた。1968年には、その土地は世界に通用するワイナリーを造る希望に満ちたジェームズ・バレットの手に渡り、葡萄畑は植え替えられ、シャトーには近代的なワインの装置が設備された。バレットは、葡萄畑とワイン造りを監督するためのチームを組織、ナパ・ヴァレーで最高品質となるブドウを作り、1972年に、初めてワインが作られた。シャトー・モンテレーナは、1976年に世界ワイン市場の最前線にカリフォルニア州を位置付けることになる。その年、パリのインターコンチネンタル・ホテルでワイン・テイスティングが開催され、フランスのワインと料理の有名店が集まり、4種類のブルゴーニュの白と6種類のカリフォルニア・シャルドネが競い合うこととなった。フランスの審査員によって選ばれたベストワインはフランスワインのひとつであったが、シャトー・モンテレーナの1973年シャルドネが、フランスワインを含むその他のどのワインよりも高い得点をとったのであった。その結果、シャトー・モンテレーナが世界最高級のワインを製造することが可能であることが証明され、カリフォルニアのワイン産業が世界に認められることとなったのである。
 

Domaine Carneros  ドメイン・カーネロス

設立年:1987  
オーナー:シャンパン・テタンジュ
ワインメーカー:アイリーン・クレイン
解説: カーネロスの中心部に位置するドメーヌ・カーネロスは、創設者のシャンパーニュ・テタンジェの伝統と素晴らしさを表わすカリフォルニアの顔である。1987年、シャンパーニュはパートナー会社のコブランド社とともに、世界クラスのスパークリング・ワインの生産地と認識されたカーネロスの中心部にある138エーカーの土地を葡萄栽培のアペレーションとして選んだ。また、クロード・テタンジェは、地所の計画および開発を統括するため、ワイナリーにとって最初で唯一のワインメーカーとしてアイリーン・クレーン氏を指名した。最高経営責任者および創立醸造者のアイリーンは、初めての収穫以来ドメーヌ・カーネロスの舵取りをしており、自らがワインと業務運用を監督し続けている。ドメーヌ・カーネロスは当初からスパークリング・ワインの評判を確立してきた。特にブリュット・ヴィンテージとル・レーヴ・ブラン・ド・ブランの贅沢なキュヴェは格別である。更に、ワイナリー設立当初の数年間はいくつかのカリフォルニア州の大手生産者にピノ・ノワール果実を販売していこともあった。その自信から1992年にドメーヌ・カーネロスのレパートリーにピノ・ノワールが加わった。このピノ・ノワールは濃厚な赤い果実の味、複雑な味わいの層、ビロードのような仕上がりが特徴である。すべてのワインにカーネロス・アペレーションの表示がなされ、果実の95%が独自の葡萄畑から収穫されており、2008年4月には全州の葡萄畑を対象とするカリフォルニア有機認定農家(CCOF)による有機認定を受けている。
 

Frazier Winery  フレイジャー・ワイナリー

設立年:1995
オーナー:ビル・フレイジャー
ワインメーカー:カーク・ヴェンジ
解説: フレイジャー・ワイナリーは、1995年、ビル・フレイジャーによって設立され、現在は娘夫婦のキムとアダム・カテリノおよび息子のジョン・フレイジャーが経営。ワイナリーは、ナパ・ヴァレーの東部に位置するクームスビル・アペレーションで、大きく実の厚いカベルネとメルロを100%エステートにて生産。フレイジャー・ワインは、カーク・ヴェンジの哲学、「ワインは、最初は葡萄畑で、2度目は醸造所で作られる」に基づいている。カークは、2008年より技術を指導、今後は2008年に植えたシャルドネからのフレイジャー初の白ワインを含む、新エステートまたエステート外での品種の生産を支援する。
フレイジャー・ワインは、最高級ワインの醸造法を用いている。全ワインにフランスオークのバレルを使用し、平均18‐24カ月間熟成させている。毎年バランスのとれた複合的なワインを保証するには、ワインのブレンドおよびオークのプログラムをヴィンテージごとに変更。これらワイン作りの技巧が、フレイジャー・ワインの味の深み、ストラクチャー、複雑さとフィネスを生み出す。 フレイジャーの現在の年間生産量は約3000ケース。フレイジャー・ラベルで生産されているワインはカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロとリザーブ・カベルネ・ソーヴィニヨン(記念用)。そして、2007年から生産を始めた少量のカベルネ・フラン、プティ・ヴェルド、シラーがフレイジャーのワインリストに追加されることとなる。
 

Harris Estate Vineyards  ハリス・エステート・ヴィンヤード

設立年:2002
オーナー:マイク&トレヴァ・ハリス
ワインメーカー:トーマス・ブラウン
解説: 1997年3月、マイクとトレヴァ・ハリスはナパ・ヴァレー、カリストガの森の斜面にある土地を48エーカーほど購入した。インターネットで見つけたその土地は、元男子校の荒地だったが、彼らはそれをプロジェクトと称し、友人たちをあきれさせた。マイクは、サンフランシスコ市民の3世で、父親のトミー・ハリスは有名なエンターテイナーであり、レストランのオーナーであり、そして市の著名人であった。一家は、戦争中にグレン・エレンに別荘を所有しており、カリストガの温泉がトミーのお気に入りであった。マイクにとっては、料理とワインはいつも会話の中心にあり、父親のナイト・クラブ、"ザ・ハウス・オブ・ハリス"にもよく連れて行ってもらっていた。オハイオ州コロンブス育ちのトレヴァは、このプロジェクトをやり遂げる中西部育ちならではの価値観と感性を持ち合わせていた。トレヴァとマイクは1973年にアメリカンフットボールのサンフランシスコのチーム、49erの試合で出会い、結婚34年たった今も恋人同士のようである。シリコン・ヴァレーで32年間小児歯科医師として勤め上げたマイクの口癖は、「小さな子供を32年間診た後は、誰もが素晴らしいワインを一杯飲みたくなるさ」であったが、2005年に引退した後、そのワインを実際自分たちが造ることになろうとは思ってもみなかった。業界でも優秀なワイン専門家数人の助けを得て、小さいながらも美しい3種類の葡萄畑をもち、それぞれ優れた果実が栽培された。2002年に彼らの最初のヴィンテージがロバート・パーカーから94ポイントの評価を受け、ハリス・エステート・ヴィンヤードの歴史が始まった。ワインメーカーのトーマス・ブラウンと葡萄畑マネージャーのジョシュ・クラークのコンビが、ハリス・エステートの土地を表現するにあたる素晴らしいワイン造りに不可欠な要素である。今後が楽しみである。
 

Hartwell Vineyards  ハートウェル・ヴィンヤード

設立年:1990
オーナー:ブランカ&ボブ・ハートウェル
ワインメーカー:ミッシェル・ローランド&ブノア・トーク
解説: ボブ・ハートウェルのワインに対する情熱は、その長いコレクター歴から始まる。カリフォルニア4世のボブは、航空宇宙産業や配管業で30年以上、実績を残してきた。彼は、高品質な製品のメーカーとして成功を遂げ、品質を犠牲にしてまで生産量を増やすようなことは一度たりともしなかった。なぜなら、最高の品質の素材が結果的には最高の製品を産みだすことをわかっていたからである。最高の生産結果を求めるというボブの執着は、製造工場だけでは治まらなかった。ボブは、自分の葡萄畑を持つ夢を果たすには、最高の場所で、最高のカベルネ・ソーヴィニヨンを栽培することが必要であることを知っていた。そこで、評判の高いワインコンサルタントのアドバイスを得て、探し求めていた土地を手に入れた。その彼の夢の発祥地となったのがスタッグス・リープ・ディストリクトの未耕作の土地で、現在ハートウェル・エステートとなっているところである。ワイン造りにはディック・グレースが協力し、彼のグレース・ファミリー・ヴィンヤードで栽培している株を分け、ハートウェルの初回生産が実現した。1990年、フランス製の新品オーク樽で22ヶ月間熟成させた後、彼らの100%カベルネ・ソーヴィニヨンは衝撃的な成功を収めてリリースされた。これによりハートウェル・ワインは、その他多くのワインと区別される品質とスタイルの伝統を確立したのである。素晴らしいワイン造りに加えて、ブランカとボブ・ハートウェル夫妻は継続的な慈善活動を行うことで、子どもたちの生活を向上させる組織にも貢献している。
 

Lail Vineyards  レイル・ヴィンヤード

設立年:1995
オーナー:ロビン・ダニエル・レイル
ワインメーカー:フィリップ・メルカ
解説: 1995年にマネージング・パートナーのロビン・ダニエル・レイルが設立したレイル・ヴィンヤードは、ナパ・ヴァレー130年のワインの歴史と伝統の頂点に位置している。この会社のルーツは、ロビンの曽祖伯父のキャプテン・グスタヴ・ニーバームがイングルヌック・ヴィンヤードを設立した1879年に遡る。産業の革新、リーダーシップ、そしてニーバーム氏と甥の息子ジョン・ダニエル・ジュニアが手がけた樽から伝説となるワインが生まれるような、豊かな時代であった。初めてワインをガラスのボトルに収め、そのボトルに「ナパ・ヴァレー」のラベル表示をしたのも、その時の彼らである。イングルヌック・ヴィンヤードは1964年に売却されたが、1970年にジョン・ダニエル・ジュニアの娘、ロビンによって家族はワインとの関わりを再開することとなった。ロビン・ダニエル・レイルはロバート・モンダビのパーソナル・アシスタントとして5年間勤め、その後、1980年代初め、「ドミナス」と「メリーベール」ワイナリーをそれぞれのパートナーと共同設立した。1995年、レイル家は自分達の所有権を他のワイナリーに手放し、自分達の伝統について考えた。そして、ロビンと夫のジョン、そして2人の娘たちは、その伝統を21世紀へと繋ぐことを決め、6世代目となる彼らのグラーヴ・スタイルのソーヴィニヨン・ブラン、孫娘の名前から取った“ジョージア”が生まれた。レイル・ヴィンヤードの全てのワインは、ワインメーカーとして名が通っているフィリップ・メルカによって造られている。彼の才能は葡萄畑においてもワインセラーにおいても発揮されている。ロビンの父親であるジョン・ダニエル・ジュニアは、「ナパ・ヴァレーは世界一のワインを生産できるところだ」と常々言っていた。現在その彼の子供や孫が先祖代々続く優れたワイン造りの伝統を繋いでいるのである。

 

Miner Family Vineyards  マイナー・ファミリー・ヴィンヤード

設立年:1998
オーナー:デイヴ・マイナー
ワインメーカー:ゲーリー・ブルックマン
解説: オークヴィルの東の丘に、デイヴ&エミリー・マイナーによって設立された家族経営のワイナリー。品質を保ちながらも、それだけでは飽き足らず、個性的なスタイルのワイン造りを目指し、ナパ・ヴァレーとしては異質な存在である。わずか数年のうちにカリフォルニアで最高の畑を確保し、多様な葡萄を栽培している。ナパ各地のステージコーチ・ヴィンヤードはメルロ、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フランおよびシラー。マデラのシンプソン・ヴィンヤードはヴィオニエ。メンドシノのギブソン・ランチはサンジョヴェーゼ。サンタルシア・ハイランドのゲーリー・ヴィンヤードとロゼーラ・ヴィンヤードはピノ・ノワール。そして、どの葡萄から造られるワインも、畑の特徴を取り込んだ個性豊かなものとなっている。マイナーは、畑ばかりでなく、ワイナリーに必要な優れた人材の確保から、販売者、レストラン、消費者まで人にも深く関わっている。また、デイヴの祖先はさかのぼると古代アッシリアにたどり着く。ラベルのデザインは、古代アッシリアのレリーフ、翼を持つ太陽神をイメージしている。このシンボルは、人類の命を照らし、葡萄の木にエネルギーと暖かさを与える輝く陽光を表している。

 

O'Shaughnessy Estate Winery  オショーネシ―・エステート・ワイナリー

設立年:1996  
オーナー:ベティ・オショーネシー
ワインメーカー:ショーン・キャピオー
解説: ベティ・オショーネシーの豊かな旅は、ミネソタ州南部の小さな農業コミュニティで始まった。学校は彼女の興味を大いに刺激し、クラス一番の成績で卒業した。高校卒業後、彼女はミネソタ大学に進み、数学と教育の学位を取得。その後、大学時代の恋人と結婚し、3人の娘を出産、20年間、母親、企業人の妻、ボランティア、そして家事に専念して暮らしていた。しかし料理とワインを愛する彼女は、料理学校のオーナー兼先生への道を開き、子供たちが巣立った後は、不動産、投資家、ディベロッパーとしてのビジネスを展開していく。ナパ・ヴァレーには観光客として訪れ、その土地の美しさ、葡萄畑、気候に魅了された。1990年に、運命が彼女をオークヴィルに導き、葡萄畑と家付きの土地を手に入れる。ここでベティは土壌への深い感謝と大地がもたらす恵みに再び巡り会う。彼女は、カリフォルニア大学デービス校で、ミネソタ州で得ていたトウモロコシ畑の知識を葡萄畑に生かすのに必要な情報を学んだ。以降数年間で、ハウエル・マウンテンとMt.ヴィーダーの葡萄畑を所有し、それがベティの財産となるオショーネシー・エステート・ワイナリーの始まりとなる。今世紀に入り、カーヴを購入、葡萄はワインとなり、ワイナリーが造られた。2000年に、ベティ・オショーネシーはハウエル・マウンテンの新しいオショーネシー・エステート・ワイナリーのワインメーカーとしてショーン・キャピオーを採用した。ショーンは現在オショーネシー・ワイナリーのCOO兼ワインメーカーとして、堅実に世界クラスのカベルネを作り続けている。
                                              

Renteria Wines  レンテリア・ワイン          

設立年:1997
オーナー:レンテリア・ファミリー
ワインメーカー:カレン・カラー
解説: レンテリア一族は、ナパ・カウンティーの1620エーカーの敷地と、そこに働く315人の従業員を管理する北カリフォルニア最大手の葡萄栽培企業の一つであるレンテリア・ヴィンヤード・マネージメントの経営者として知られている。一族は現在ナパに52エーカーの独自の葡萄畑も所有している。1997年に独自のレンテリア・ワインを生産し始め、毎年約2000ケースのカベルネ・ソーヴィニヨンとピノ・ノワールを生産する。現在、一族所有のMt.ヴィーダーにワイナリーを建設中で、カーヴはほぼ完成している。 サルバドール・レンテリアがスターリング・ヴィンヤードの葡萄畑の一労働者から指導者へと昇進した1963年に、全ては始まった。彼はナパ・ヴァレーの有名な葡萄畑の多くを監督して回り、名の通った多くのワインメーカーから尊敬されるようになった。高い需要とワインメーカーとしての評判をもとに、彼は、1987年、ついに葡萄畑の経営を始める。世代交代により、父親の厳しい基準を受け継いだサルの息子オスカーが、1993年に、レンテリア・ヴィンヤード・マネージメントの指導権を握ることになる。ワイン造りは、オスカーのアイデアであった。 1997年の収穫から、オスカーは、ワインを造ることが彼らのビジネスの集大成となるのだと思っていた。ワインメーカーのカレン・カラーの助け、また彼らの類まれな果実の選別技能によって、一家のラベルのひとつであるサルバ・ティエラに加え、ヴィンヤード指定の数種類のレンテリア・ワインを提供できることとなったのである。
 

Steltzner Vineyards  ステルツナ―・ヴィンヤード

設立年:1977 
オーナー:ディック・ステルツナー
ワインメーカー:ティム・ドルヴァン
解説: 1964年にカリフォルニア3世のディック・ステルツナーは、スプリング・マウンテンの小さな土地を購入した。翌年の1965年には即その土地を売り、その利益でスタッグス・リープ・ディストリクトの土地を購入し、葡萄畑の経営を始めたのである。彼は、間もなく自分の土地の管理に加えて、アル・ブラウンスタインの有名なダイアモンド・クリーク・ヴィンヤード、マイク・ロビンスのスプリング・マウンテン・エリアのヴィンヤード、またクロ・デュヴァルの創始者、バーナード・ポルテのスタッグス・リープ・ディストリクトのヴィンヤードの開発を手掛けていった。1975年には、ディックが手掛けたヴィンヤード管理事業は、22カ所におよび、計450エーカーの土地を請け負っていた。1977年に、彼のスタッグス・リープ・ディストリクトの過剰生産のために残った葡萄で、彼は妻のクリスティンと友人であり同僚のブルース・マーカムと共に、彼のワイナリーで500ケースのステルツナー・ワインを初めて造った。そのワインはもともと彼自身、また彼の友人や同僚たちと飲むつもりのものであったが、個人的に飲むにはあまりにも量が多かったために、販売することを考えた。1980年に、初めてディックの造ったワインが市場に出回り、彼は農場経営者とワインメーカーを両立することになったのである。1982年に、ディックは、後にシルバラード・トレイルに面してスタッグス・リープ・ディストリクトとして知られるようになるワイナリーを建設。1915年に建てられたプルーンを乾燥するための小屋をワイン工場に改装し、生産量を年間3000ケースに拡大していった。次の8年間で、ステルツナー・ヴィンヤードは着実に成長を遂げ、1990年には5000ケースのワインを生産するようになっていた。その後、ディックはワイナリー施設の拡張を始め、新しい地下のワイン貯蔵のカーヴを加えるなど、今では彼の地中海スタイルのワイナリーで20000ケースのワインが生産されている。現在、ディックの子供たち、アリソンとジャスティンが、ここナパ・ヴァレーで、父親の仕事を手伝い、彼が作り上げた伝統を受け継いでいる。

 

Vermeil Wines  ヴァーミール・ワイン
設立年:2009
オーナー:ディック・ヴァーミール&ポール・スミス
ワインメーカー:ポール・スミス
解説: リチャード・アルバート・“ディック”・ヴァーミールは、ナショナル・フットボール・リーグのフィラデルフィア・イーグルス(1976-1982)、セントルイス・ラムズ(1997-1999)、そしてカンザスシティ・チーフス(2001-2005)の監督を務めた人物である。彼の監督歴は、高校、短期大学、NCAAのディビジョンI、プロフッドボールの異なるレベルにおよび、各レベルで“最優秀コーチ”に選ばれている。ヴァーミールは記者会見などでよく感情的に泣き崩れたりすることでも知られていた。彼のその豊かな感情表現、スポーツに対する情熱がファンからの人気を獲得した理由であろう。ナパ・ヴァレーの最北端に位置するカリストガで生まれたヴァーミールは、1900年代初期に彼の先祖が所有していた葡萄畑に囲まれて育った。ヴァーミールの父方の曽祖父、ジャン・ルイ・ヴァーミールはフランスから、ガリバルド・ヤチェリはイタリアから、それぞれ10代のころにアメリカン・ドリームを求めてやってきた。ヤチェリは1900年ごろ、カリストガで初めてとなるワイン会社の1つ、カリストガ・ワイン・カンパニーを設立した。ジャン・ルイ・ヴァーミールの息子がヤチェリ家に婿入りし、カリストガ・ワイン・カンパニーを継いだのだが、その後会社は閉鎖され、葡萄畑はフレディアニ家に渡り、現在はフレディアニ・ヴィンヤードとして知られている。1999年にリチャード・ヴァーミールは、趣味としてフレディアニ・ヴィンヤードのブドウを使用してワイン作りを始めた。ヴァーミールのNFLでの成功が、現役時代にはワイン造りを趣味範囲に留めていたのだが、フットボール界を引退した後、2年前に、ヴァーミールはフレディアニ・ヴィンヤードでワインメーカーとして勤めるポール・スミスの力を借りて、ワイン造りを趣味からビジネスへと展開することを決め、2008年にはヴァーミール・ワインを1900ケース、そして2009年には5000ケース出荷することとなる。